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めぐる看護師探訪〜訪問看護師 矢口聡子さんの場合〜

お知らせ

1)はじめに

あなたはなぜ「看護師」を選びましたか?「看護師」と名乗るだけで「気が強そう」「体力あるよね」「お酒が強そう」「給料が良いでしょう」「看護師ならご両親も安心だね」等と言われた経験はそう珍しくない話。

とは言え「看護師」は、人の個性の全てでは無い。けれど、この仕事がその人のパーソナルな部分へ及ぼす影響は少なくはないと思うのです。

「看護師」のひと、「看護師」を目指すひと、「看護師」だったひとへ。看護師経験を経て写真家として活動する工藤葵が「看護師」をめぐる生き様を対話と写真を通して探ります。

 

2)「訪問看護ステーションささえ 鷺ノ宮営業所」の矢口聡子さん

今回は、記事制作にあたって「訪問看護ステーションささえ 鷺ノ宮営業所」の矢口聡子さんに話をお伺いし、お仕事に同行取材させて頂きました。

皆さまは「訪問看護師」という職業をご存知でしょうか。看護師は病院で働く事が全てではありません。病院、介護施設、一般企業、幼稚園など様々な場所に看護師として働く人が今日もいるのです。

 

「訪問看護」とは、地域で暮らす子供から高齢の方まで、幅広い世代の方々の生活を支えるお仕事です。かかりつけの医師の指示書をもとに看護師や作業療法士、理学療法士、言語聴覚士などリハビリの専門家が自宅に訪問し生活のお手伝いをします。

例えば人は、歳を重ねると住み慣れた自宅であっても、生活を送る上で難しさが生じる事があります。理由は様々ですが、病気との兼ね合いで日常的に食事の管理や症状観察が必要な人。思うように身体を動かす事が出来ず排泄、入浴、食事の介助が必要な人。家族介護のアドバイスや手助けが必要な人。人生の最期まで自宅で過ごしたい人。そんな方々の為に「訪問看護」があり、一人ひとりに必要な支援が行われています。

 

今回取材した「訪問看護ステーションささえ 」は2014年に立ち上げられました。スタッフは約60名在籍し、看護師になって間もない若手スタッフも在籍しているそうです。本社を吉祥寺に構え、7営業所を展開しています。矢口さんは4月からオープンした鷺ノ宮(さぎのみや)営業所に所属されています。

 

3)訪問看護師はタフなアイディアマン

九時をまわり、業務開始の時間です。私が同行取材したその日は、六件の訪問を予定していました。一件一時間程度で、朝から晩までまとまった休息もわずか。ジリジリと太陽が照る中、矢口さんは電動自転車で街を駆け巡ります。

 

では、実際何が行われているのでしょうか。写真にうつる方は認知症を持つ90代女性のAさん。その日に行われたのは、入浴介助、口腔ケア(歯磨き)、口腔ケアの指導です。さっそくお風呂場へ向かうものの「風呂入るのかい?嫌だな〜…入らないとだめなの?」と眉間にシワを寄せるAさん。すると、矢口さんが「今月の◯日は何の日ですか?」と尋ねると、Aさんは「あら〜!ふふ…歳をとるのは嫌だね〜」と照れ笑い。もうすぐで誕生日なんだそう。その流れで洋服を脱ぎ、お風呂場へ入ることが出来ました。湯船につかったAさんは「気持ち良いねぇ…」とすっかり和んだ様子。その間、何度か「今月の◯日は何の日ですか?」の話題を繰り返すうちに「親戚(生まれが近い年代の)が減ると話しが合う人が減ってつまらないねぇ…」等と少しずつ新たな心情が聞ける場面が見られました。

その後、歯磨きと入れ歯の洗浄をAさんと行われた後に、口腔ケアの重要性について矢口さんがAさんへお話します。矢口さんは「BOC(ベーシックオーラルケア)プロバイダー」という基本的な口腔ケアの必要性や方法・知識を啓蒙するインストラクター資格を取得されているのです。

口腔ケアは生きるためのケアとも言われています。食べる・話す・笑うことは生活の質を維持する上で大切で、これらを司るのが口の周りや舌の機能だからです。矢口さんより「口腔ケアで人生が変わるかもしれないほど、病気との関連が深いと言われています。今後インストラクターの資格を活かして、歯科医と連携しながら訪問先の方々の口腔ケアに取り組み笑顔を増やしていきたいです。」とお話頂きました。

訪問看護師が行うことは、誰もが平等に持つ生活の時間を支えることです。食べる、眠る、話す、笑う。突き詰めるとシンプルな事ばかり。訪問した際に実践されている内容を点で見てしまうと「誰にでも出来そうだ。」と思うかもしれません。それはそうです、誰もが知る生活だから。しかしながら、そこに対して医学的根拠や知識を持って関わる必要があるのです。 

それぞれ違う自宅環境の中で健康維持する為に行える方法を考え、対象者の方と関わる時間が限定されている状況でも、僅かな体調変化にも注意をはらいその先を予測する。矢口さんはそういった多くの気づきを駆使するタフなアイディアマンなのかもしれないと思いました。実際に『「あなた何屋さん?何でもできちゃうのね」などと嬉しい言葉を頂くと、ますます頑張ろうと思える活力を頂いています。」というエピソードも。

また「往診医、歯科往診医、病院主治医、ケアマネージャー、ヘルパー事業所の方々、地域包括センターの方々、福祉用具事業所の方々、通所サービス事業所の方々、ショートステイ先施設の方々、病院地域連携担当者など、様々な業種の方と会議をさせて頂くので、多くの知見を身に付けることができます。」と矢口さんが言うように、訪問看護師として自分たちのケアだけで終わらせず、他職種と連携しご利用者の皆さまのより良い生活を目指して支えている事がわかりました。

例えば「歯磨きを怠ると口腔内に雑菌が溜まる。それを放ってしまうと誤嚥性肺炎を引き起こす可能性が高まる。」という事は、医療者であれば周知の事実かもしれませんが、一般的にはそうだとは言えません。更に、これを踏まえて全ての看護師が日々、確かな口腔ケアを実践しているのかと言われるとそれもまた難しい話。「口腔ケアを医療側がもっともっと関心を持って、歯科と連携して取り組んでいける流れをつくりたいです」と矢口さんは語ります。

口腔ケアの重要性をお話する中「ふんふん、そうなのかい。」と真剣な眼差しで話を聞くAさん。資料の文章を自ら声に出して音読するなど積極的に参加されていました。

 

4)人生の支え

矢口さんは何故、訪問看護師として働くようになったのでしょうか。話をお伺いしてみるとそれは、意外な返答でした。

『「病棟、クリニックの看護師として産前産後休暇以外、休むことなく勤務を続け、この先もこの勤務を続けるつもりでいました。ですが、義母が病床に倒れて半年仕事から離れて。その間、持病の下肢静脈瘤の手術を受けてみようと思い、そのオペを担当して下さったドクターが開業されているクリニックで「訪問看護を始めてみたい。やってみて。」とアプローチされたんです。私は訪問のほの字も知らなかったので、訪問看護協会を訪ねたり、セミナーに参加して、様々なケアマネさんの指導を受けながら7年前、見よう見まねで訪問看護師を始めました。』

突然の誘いをきっかけに訪問看護師を始め今日まで現場に体当たりで学び、現場外でも学ぶ姿勢を持ち続けてきた矢口さん。同行取材中、どの方と関わる時も笑顔を絶やさず対話を重ねている姿が印象的でした。

また「ドクターからのムチャぶりがなかったら、一生訪問看護とは無縁だったと思います。楽しさを知るきっかけを与えて下さったドクターには感謝しています。」と話します。

また、同行取材中に印象的だったのが一人暮らしの方が想像以上に多かったという事実。取材でお会いした方々には「自分で散髪をしたんだけどどう?」と誇らしげに見せてくれた方や、朝から電動車椅子で買い物をしてきた方など、自宅で暮らしているからこその姿や表情があると感じました。実際に65歳以上の方の一人暮らしの割合は年々増加傾向にあります。

家での暮らしを維持する難しさを感じる場面について尋ねると「独居の方で出来ることが少しずつ減っていく中、一人になる時間の多い方ですね。急に痰が絡んで苦しくなった時、その場ですぐに適切な対応が取れるのか?家族は入院して欲しいけれど、ご本人は自宅で過ごしたい方など…。そのご家庭によって事情が違うため、一概に在宅介護を勧められないジレンマがあります。」と矢口さん。

自宅での暮らしが正解だと押しつけるのではなく、そう至った経緯を理解しようとすることが大切なのかもしれません。だからこそ矢口さんは、真剣な話し合いを繰り返すことと、傾聴の時間を大切にされているそうです。

また「人は真剣に向き合ってくれる人に心を開いてくれます。独居の方には、緊急時対応ボタンを設置して24時間いつでもチームで支えていることを伝えます。」と教えて頂きました。例えば「住み慣れた自宅で最期まで暮らしたい」という方の想いを支えるには、仕事と割り切った建前では通じない信頼関係の形成が求められるのかもしれません。

矢口さんはとあるご利用者の方から「賞味期限の切れているお婆さんに関わるなんて、周りの人がいい迷惑よね。逆に可哀想。だから、もう来てくれなくていいのよ。一人でひっそりと死ぬから。」と、言われた時に「良い出産と良い旅立ちは似ています。赤子が一人では誕生出来ないように、良い旅立ちも一人では難しい。だから看護師、医師、家族と色々な立場の人が支えます。私達はいつでも駆けつけますよ。」とお話した事があったそうです。矢口さんはこのエピソードに対して『年配の方々の中には、何でこんなに長生きしちゃったんだろう。生きている価値がない。と言われる方が少なからずいらっしゃいます。人は生きている限り、必ず誰かの、何かの役に立っていることを忘れないで欲しいと思います。「人事を尽くして天命を待つ」人事を尽くし終えた時、必ず良い旅立ちが待っています。これは、介護を甘んじて受けることになった方々へのメッセージです。』と想いを教えて頂きました。

この世に生まれてきた以上、人生が有限なのは常ですが「死ぬこと」を自分毎に考える事は誰にとっても未知なので難しい話。小学生でも、成人していても、いくつ歳を重ねても同じように。それゆえに対話を大切に、人と向き合いながら「生きること」を支える訪問看護師の矢口さんは格好良いのだと思いました。

 

撮影・取材協力

取材協力いただいた皆さまにこの場を借りて感謝申し上げます。

▷ 矢口聡子さん

▷ 訪問看護ステーション ささえ 鷺ノ宮営業所

住所:東京都練馬区中村南3丁目12-20-101

ホームページ:https://k-sasae.jp/homecare/index.html

▷ BOCプロパイダー

ホームページ:https://boc-provider.info

工藤 葵 (写真撮影、執筆)

写真家。1993年生まれ、 北海道出身。元老人ホームの看護師。写真や映像、自身の企画を通して「生きる眩しさ」を表現する。地ビール会社「横浜ビール」の広告写真、ファッションブランド「HOUGA」のコンセプトビデオ、演劇団体「いいへんじ」のビジュアル撮影など。2020年5月「雑誌あおにさい 第一号」を自費出版にて発表。他、多数。

ホームページ :https://aoikudoaonisai.wordpress.com

Instagram : @aoikudo_aonisai